第2回|服の表情をつくる、素材と技術
服を見ていて、素材の使い方に驚かされることがあります。
特別に珍しい素材というわけではなく、よく知っているウールやコットンなのに、思いがけない表情をしている。
同じ素材でも、何を引き出そうとするかによって、服の表情は大きく変わります。
ざっくりとした厚手のニットには、ふっくらとした毛糸を使う
そんな従来の発想とは、少し違う方法で生まれたセーター
山形県のニットブランド、BATONER(バトナー)のシグネチャーニットです。
立体的な畦編みが印象的なこのニット
厚みがありながら、編み目の輪郭がくっきりと浮かび、
表面にはどこか端正な表情があります。その秘密は、独自に開発された「SOLID WOOL」という糸です。
10年温めていた、糸のアイデア
BATONERは2013年、山形県寒河江市で誕生しました。
ブランドを立ち上げた奥山メリヤスは、長年にわたって国内外のアパレルメーカーやメゾンブランドのニット製造を手がけてきた工場です。
シグネチャーニットの開発で着目したのは、梳毛(そもう)糸でした。
ウールの糸には、大きく分けて梳毛糸と紡毛(ぼうもう)糸があります。
梳毛糸は、繊維を一定方向に揃えて紡ぐことで、なめらかさや光沢を引き出した糸。
一方、紡毛糸は、繊維のふくらみを生かした、温かみのある表情が特徴です。
一般的に、ざっくりとしたローゲージニットには紡毛糸が使われます。
ところが奥山メリヤスは、梳毛糸を使って、立体感のあるローゲージニットをつくろうと考えました。
BATONERの公式記事によると、そのアイデアは工場の現場で約10年間温められていたものだったそうです。
独自のSOLID WOOLを開発し、山形のニット産地が得意とする編みの技術と組み合わせることで、シグネチャーニットが生まれました。
新しい素材を探し求めるだけでなく、よく知られた素材を、これまでとは違う方法で使ってみる。
その発想が、一着のニットの表情を変えたのです。

ATONのTシャツは、綿花を摘むところから
ATON(エイトン)には、SUVIN COTTONを使った定番のTシャツがあります。
SUVIN COTTONはインドで栽培される超長綿の一種。
繊維が細く長く、しなやかさや光沢を備えています。
コットンについて (コラム)いつもそばにあるやさしい素材‐コットン
ただ、ATONの面白さは、希少な綿を選んだことだけではありません。
インドで手摘みされたSUVIN COTTON。繊維を丁寧に選別し、糸にした後、日本で撚り合わせや撚り増しを行い、和歌山市のニット工場で編み立てられます。
ATONによれば、手摘みによって繊維への傷を抑え、綿が本来持つ油分を保つことで、化学的な加工に頼らず自然な光沢を引き出しているといいます。さらに、二本の糸を撚り合わせた双糸を使うことで、なめらかさとしなやかな落ち感を備えた生地に仕上げています
その素材を使うのが、日常着の代表ともいえるTシャツです
参考:ATON公式ジャーナル|VOL.1 SUVIN COTTON
Tシャツは、素材の違いがそのまま着心地やシルエットに表れやすい服でもあります。
何気なく着られる一枚のために、原料の採取方法から糸、生地の仕上がりまで考える。
BATONERとはまた違った、素材への向き合い方が見えてきます。
AURALEEがウールでつくったキャンバス地
AURALEE(オーラリー)のデザイナー、岩井良太さんは、
服のデザインを考える前に、まず生地づくりから始めるといわれます。
その原点のひとつが、ブランドを立ち上げる以前に勤めていたニットブランド「NORIKOIKE」での経験
糸から独自に開発するものづくりに触れ、素材への関心を深めた岩井さん。2015年にAURALEEを立ち上げてからも、国内の織物工場やニット工場と協力しながら、オリジナルの生地をつくり続けています。
面白いのは、生地が完成してからの話です。想像していた風合いと違うものができあがれば、その生地に合わせて服のデザインを変更することもあるそうです。
あらかじめ決めた形に合う生地を探すのではなく、生地が持つ可能性を見ながら、服の形を考えていく。そんな岩井さんの素材開発には、意外な組み合わせもあります。
2023年春夏に登場した、ウールのキャンバス地です
キャンバスと聞くと、コットンの厚手の生地を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。
トートバッグやスニーカーにも使われる、丈夫で少し無骨な印象のある生地
AURALEEは、そのキャンバス地を細いウール糸でつくりました
オーストラリア産メリノウールを使い、極めて高密度に織り上げることで、ウールならではのしなやかさと、キャンバスらしいハリを両立させています。
さらに、織り上がった生地をプレスし、撥水加工を施すことで、軽い雨を弾く機能も持たせました。
興味深いのは、プレスの加減です。強くプレスしすぎると、ウールの表面に光沢が出すぎてしまう。
ハリを出したい。でも、光らせすぎたくはない。
その微妙な調整まで含めて、生地の表情がつくられています。
ウールといえば、柔らかく温かい冬の素材。そんな印象から少し離れた、春夏のコートやブルゾンのためのウールです。岩井さんはインタビューで、慣れ親しんだものを、独自の方法で新しく表現することへの関心も語っています。
見慣れたキャンバス地を、ウールでつくる。その発想にも、AURALEEらしい服づくりが表れているように思います。

出典:AURALEE公式|Wool Max Canvasの開発ストーリー
服の表情、その先にあるもの
BATONERのニット、ATONのTシャツ、そしてAURALEEのウールキャンバス。
馴染みのあるウールやコットンも、糸の選び方、編み方や織り方、仕上げの工夫によって、これほど異なる表情を見せてくれます。
AURALEEのウールキャンバスは、原料から完成まで15の工程を経て、およそ5か月をかけてつくられるそうです。それだけの時間と手間をかけた生地も、品質表示には「ウール100%」と記されます。
その短い表示からは、つくり手の試行錯誤まで読み取ることはできません。私たちが買取のためにお預かりする服には、発売から数年が経ち、何度も袖を通されたものもあります。生地のハリや編み地の状態、着用を重ねることで生まれる風合いの変化。新品のときにはわからなかった素材の特性に気づかされることもあります。
服がつくられた背景を知ることと、時間を経た服を実際に手に取ること。
どちらも、一着の服への理解を深めてくれます。
もちろん、素材開発にどれほど手間をかけたかということと、完成した服の魅力は、必ずしも比例するものではありません。
色や形に惹かれて服を選ぶこともあれば、着心地や機能性が決め手になることもあります。つくり手の背景を知らなくても、心に残る一着はあるでしょう。
服そのものの魅力とは別に、ものづくりの過程にも、興味をそそられる話がある。今回は、そんな服の楽しみ方のひとつをご紹介しました。
次回|服をつくるのは、誰だろう。
素材や技術に続いて、次はブランドを生み出す人たちの話へ。
ファッションを専門に学んだ人も、着る側の視点から服づくりを始めた人も。
ブランドが生まれるまでの、さまざまな道筋を辿ります。









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